盛岡簡易裁判所 昭和43年(ろ)26号 判決 1968年7月25日
被告人 稲葉慶三郎
主文
被告人を罰金二、〇〇〇円に処する。
右の罰金を完納できないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用はこれを二分しその一を被告人の負担とする。
理由
甲、事実関係
第一、本件の背景および事件発生に至るまでの経過
一、別件および被疑事実
本件において問題となる被告人に対する証人尋問を必要とした事件は、千葉樹寿に対する地方公務員法違反被疑事件(以下これを別件という)であつて、その犯罪事実の要旨は「被疑者は、岩手県内公立学校教職員をもつて組織する岩手県教員組合中央執行委員長であるが、昭和四一年八月人事院が国会および内閣に対して行つた給与に関する勧告の完全実施等を要求し、これを貫徹する目的をもつて傘下組合員である右学校教職員をして、年次有給休暇の名のもとに同盟罷業を行わしめることを企図し、同年一〇月一二日午前九時四〇分頃、二戸郡福岡町石切所小学校において開催された同組合二戸支部主催の第一九次教育研究集会問題別研究集会の席上、同支部所属組合員である公立学校教職員約二五〇名に対し、一〇月二一日の統一実力行使については、人事院勧告の完全実施等われわれの権利を擁護するためにも、処分を覚悟で突入しなければならない旨強調しもつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をあおつたものである」というにあり、被告人は、その被疑事件の証人として、昭和四二年二月一四日、盛岡地方裁判所裁判官の尋問を受け、一部その証言を拒否したものである。
二、本件発生に至るまでの経過
岩手県教員組合(以下これを岩教組という)は、昭和四一年五月八日から一〇日まで行われた大会において、大幅賃上げをかちとるため、公務員共闘会議の統一行動に参加する旨決定し、その具体的戦術として同年九月一一日第二回中央委員会において、日本教職員組合(以下これを日教組という)が一〇月二一日を期して実施する午後半日休暇闘争の統一行動に参加するとの方針を決定する等日教組の闘争方針に同じて活発な組合活動を行つていた。
被告人は岩教組の役員(会計監査)であつた関係上前示決議の行われた際、大会等の構成員としてこれに参加した。
教育公務員はその職責を遂行するため研修に努めなければならない(教育公務員特例法一九条二〇条参照)ものであるところ、岩手県下の教職員は、早くから自主的に教育研究活動を行い、岩教組は、発足後教研集会活動を基本方針の一としてその推進に努め、毎年組合の定期大会において、各年度の教育研究の重点問題を決定した上、一一月頃教研に関する全県的な大会を開催する例となつていたから、県下各支部においては、毎年同じ時期の九月か一〇月頃に支部主催の教研集会を開くのが通例となつていた。右教研集会の目的は、平和を守り真実を貫く民主教育の確立を基本目標とし、教科に関係のない生活指導進路指導学校保健活動へき地教育心神障害児教育学校行財政などの問題につき研究討議するものであり、参加資格は特に制限せず岩教組の組合員はもちろん、組合員以外のPTA関係者なども出席し、ほかに助言者として幼児教育、保健活動等につき専門的知識教養技能を有する類の人(例えば幼稚園の保姆、保健所長など)をも招待して、年々開催されて来た。そして支部主催の教研集会には岩教組本部から執行委員長か委員の誰かが出席するならわしであつた。
岩教組は昭和四二年九月一二日施行の岩教組規約によれば組合員の経済的政治的社会的地位の向上を図り、教育と社会の民主的建設に当ることを目的とし、岩手県内に勤務する教職員をもつて組織する単一体の組合であり、組合の運営は右規約によつてなされているものである。岩教組には決議機関として大会中央執行委員会があり、執行機関として中央執行委員会が設けられている。大会は最高の決議機関であつて、役員および各支部において組合員の直接無記名投票により、組合員二〇〇名までは一〇名組合員二〇一名以上は二五名について一名の割合で選出された代議員により構成され「綱領、宣言、規約の決定、役員の選挙、承認」「予算の議決、決算の承認」などをその権限として、議決権は代議員のみが有し、毎年一回五月に定期的に開催されるほか、中央委員会または組合員三分の一以上の要求によつて臨時に召集される。中央委員会は大会に次ぐ決議機関であつて、役員および各支部において組合員の直接無記名投票により、組合員二〇〇名まで二名組合員二〇一名以上は二〇〇名について一名(端数が一〇〇名以上あるときは一名を加える)の割合で選出された中央委員により構成され、大会から委任された事項決定の権限を有し、議決権は中央委員のみが有する。中央執行委員会は執行機関であり、中央執行委員長中央執行副委員長書記長書記次長各一名および中央執行委員若干名により構成され「決議機関から与えられた事項の執行」「大会並びに中央委員会に提出する議案の作成」などをその権限とする。
地方公務員は昭和四〇年五月一八日法律第七一号地方公務員法の一部を改正する法律が公布され、昭和四一年六月一三日政令第一八八号をもつて前記改正法律の施行期日を昭和四一年六月一四日と定められるまでは、職員団体の結成加入等団結権について制限を受けることはなかつたが、前記法律第七一号の公布施行によつて管理若しくは監督の地位にある職員又は機密の事務を取扱う職員(管理職員等)と管理職員等以外の職員とが同一の職員団体を組織することができなくなり、岩手県人事委員会が昭和四一年八月一九日同委員会規則第二二号管理職員等の範囲を定める規則を公布し、別表第三一において福岡町の小学校および中学校の校長教頭を管理職員等として指定したので、当時二戸郡福岡町所在米沢小学校長の職にあつた被告人も右改正法の適用を受けるに至り、昭和四二年三月三一日岩教組を脱退した。
岩教組は昭和四一年五月八~一〇日の定期大会において第一九次教育研究活動の方針を決定したがこれに基き被告人は岩教組二戸支部長として昭和四一年一〇月一二日二戸郡福岡町所在石切所小学校において、同支部主催の第一九次教育研究集会問題別研究集会を開催した。当日は岩教組の組合員である公立学校教職員のほかPTA会長などの招待者、高校や幼稚園などの助言者等一〇名位をも加わり約二五〇名が出席し、岩教組中央執行委員長千葉樹寿も来賓として出席をした。そして同日午前九時頃から開会式を行い、副支部長中村茂が開会を宣しつぎに支部長である被告人が挨拶を述べてから、来賓等の祝辞に移つた。その際千葉委員長は参会者に対し慣例にしたがつて挨拶をしたが、その挨拶の中で午前九時四〇分頃「一〇月二一日の統一行動については、人事院勧告の完全実施等われわれの権利を擁護するためにも、処分を覚悟で突入しなければならない」旨演述した。そして前後三〇分位を費やして開会式を終り、参会者は各分科会毎に分散、研究討議を行つて、午後四時頃に及んだ後散会した。右開会式における千葉委員長の演述が別件の被疑事実に該当するものである。なお岩手県下においては同年九月末頃から一〇月中旬頃までの間に大船渡、釜石、遠野等の各支部において、前記二戸支部主催の教研集会と同様の集会が開催されたが、それらの支部においては右被疑事実と同種事犯の発生は見られなかつた。
岩手県警察当局は、岩教組のいわゆる一〇、二一闘争に関し組合幹部に犯罪の嫌疑ありとして、昭和四一年一〇月二二日の早朝を期して強制捜査に着手し、家宅捜索参考人の取調などを進めた結果、一二月二四日に至り、石切所小学校における現場あおりの容疑で千葉岩教組中央執行委員長を、有芸、中沢小学校におけるそそのかし行為の容疑で千葉副委員長を、上郷小学校における現場あおりの容疑で佐藤書記長を、電報指令発出によるあおり行為の容疑で紫波支部の松村書記長をそれぞれ逮捕した。しかし千葉委員長に対する被疑事件の参考人中取調に応ずる者は極めて少く、被告人に対しても二回にわたり呼出しがあつたが、被告人はこれを拒否して出頭しなかつた。盛岡地方検察庁は盛岡地方裁判所の裁判官に対し、刑訴法二二六条により千葉樹寿に対する地方公務員法違反被疑事件につき、被告人に対する別記尋問事項についての証人尋問を請求し、昭和四二年二月一四日盛岡地方裁判所において証人尋問が行われたことは前記のとおりである。
三、尋問事項
一、昭和四一年一〇月一二日二戸郡石切所小学校で開催された岩教組主催第一九次教研集会問題別集会に出席したことがあるか。
二、出席したとすれば、出席した時間、出席者の数、会合の目的、内容、開会閉会の時間。
三、右集会において、岩教組千葉樹寿委員長が出席して演説をした事実があるか。
四、千葉委員長は右演説において「一〇月二一日の統一実力行使については人事院勧告の完全実施等われわれの権利を擁護するためにも処分を覚悟で突入しなければならない」との趣旨の話をしたか、もし、したとすればその内容詳細。
第二、罪となるべき事実
被告人は、昭和四二年二月一四日、盛岡市内丸九番一号所在盛岡地方裁判所において、被疑者千葉樹寿に対する地方公務員法違反被疑事件について、刑事訴訟法第二二六条による証人として出廷し、宣誓した上、昭和四一年一〇月一二日二戸郡福岡町所在石切所小学校で開催された岩手県教員組合二戸支部主催教育研究集会問題別研究集会に関し、裁判官白石悦穂から「出席者数」について尋問を受けた際、正当の理由なくその証言を拒んだものである。
乙、証拠の標目<省略>
丙、弁護人らの公訴棄却の申立とこれに対する判断
一、弁護人らは、本件について、公訴棄却の申立をし、その理由として
(一) 本件において被告人は、裁判官の質問に対し、拒否の事由を示して証言拒否権を行使したが、かかる場合裁判官において、示された事由が、証言拒否の合理的な事由とならないものと認めたときは、憲法三一条の精神に則り、当該尋問事項につき、証言を拒むことは許されない旨判断を告げた上、証人に対しあらためて証言命令を発する。この裁判官の判断の告知と証言命令のあることによつて、当該尋問事項についての具体的な証言義務が発生し、右証言命令に違反して証言を拒否する行為が、刑訴法一六一条一項の正当の理由なく証言を拒んだとの構成要件に該当するのである。なお証言拒否の場合における民訴法二八三条二八四条の規定と対比し、刑訴法の場合もこれと均衡を失わないよう解釈運用さるべきである。しかるに本件につき裁判官は、自己が刑事訴追を受ける虞あることを事由に証言拒否権を行使した被告人に対し、個々の尋問事項につき判断の告知と具体的な証言命令を発していないから、各尋問事項につき具体的な証言義務は生じないし、被告人の証言拒否は刑訴法一六一条にいわゆる正当な理由なく証言を拒否したとの構成要件に該当する可罰的違法性あるものというをえない。よつて本件公訴は刑訴法三三九条一項二号に則り棄却すべきものである。
(二) 本件の背景をなす被疑事件(前記別件)は、不起訴処分になつている。それにもかかわらず同事件の枝葉ともいうべき本件を起訴したことは公訴権の濫用であり、判決をもつて公訴棄却すべきものである
と主張する。
二、そこでこれらの点について、順次判断する。
まず右(一)点について検討する。裁判所は刑訴法に定める場合を除き何人でも証人としてこれを尋問することができるし、証人は裁判所の尋問に対し真実を供述する義務を負うているのである。証人として裁判所に出頭し証言することは、証人個人に対してはその人格の尊厳を冒し多大な犠牲を強いるものであつて、証人がこのような真実を供述することを強制されるのは、実的真実の発見によつて法の適正な実現を期することが司法裁判の使命であり、この目的達成の上から不可欠のものだからである。そこで刑訴法一六一条はこの証言義務を前提とし、証人が証言義務を拒んだ場合には証言拒否罪が成立するものとして刑罰の制裁をもつて臨み、証言を間接的に強制しているが、一面証人自身または近親者の重大な利益を害する虞があると見られる特定の場合には、例外的に証言を拒否することが許されるものとし、刑訴法一四六条一四七条一四九条に具体的に規定を設け、これらの事由のいずれかに該当する場合には証人は証言を拒否することを正当行為として容認されているのである。刑訴規則一二二条一項は証言を拒む者はこれを拒む事由を示さなければならないと規定し、その事由を示すことを要求しているが、それは証言の拒否が理由あるものかどうかを、単に証人の主観的判断によるのではなく、裁判所の合理的な判断に委ねられている以上、必要な事柄である。そして証言を拒む者が、これを拒む事由を示さないときは、もはやその証人には当初から証言拒否権がないか、あるいは事由を示さないことにより証言拒否権を失つたものとして、裁判長は同規則一二二条二項により、過料その他の制裁を受けることがある旨を告げて証言を命じなければならない旨定められている。このように規則同条は証言拒否の事由を示さない場合に対処する規定であり、その以外に、証人が証言を拒み且つその事由を示した場合にも、なお証言拒否は許されない旨の判断の告知と証言命令をすることによつて、はじめて具体的な証言義務が発生するとし、この手続が履践されない限り証言拒否罪の構成要件に該当しないと解すべきではない。所論は独自の見解と見るほかはない。また論旨は証言拒否の場合における民訴法の規定と対比すれば、刑訴法の場合もこれと均衡を失しないように解釈運用されるべきであると主張する。なるほど民訴法二八三条は証人が理由を示し疏明をして証言を拒否した場合、受訴裁判所は証言拒否の当否について裁判すべき旨規定し、同法二八四条の規定によれば、証言拒否を理由なしとする裁判が確定した後、証人が証言を拒むときはじめて制裁を科すべきものとされていて、刑訴法のそれよりも証言拒否権の認められる範囲が緩やかである。しかし民訴法における証言拒否に関する手続は、刑訴法のそれとは異り、証人が証言を拒否しその理由を疏明した場合に、挙証者がこれを認めずあくまで尋問を要求すれば、受訴裁判所は証人と挙証者との間の中間の争として裁判するを要するものとし、挙証当事者との関係において裁判所の判断が要求されているのであつて、要するに規定の立て方を異にする刑訴法の右の点の解釈を、民訴法の規定と均衡的に解釈運用しなければならないとする見解は、妥当を欠くものといわなければならない。論旨は理由がない。
次に右(二)の点について検討するのに、別件千葉樹寿に対する地方公務員法違反被疑事件は、同人が地方公務員である教職員に対し、その使用者としての住民を代表する地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業行為の遂行をあおつたとする被疑事件であり、本件は国民として司法裁判の適正な行使に協力すべき重大な義務である証言義務を負う被告人が、正当の理由なく証言拒否権を行使したとして刑事訴追を受けている事件であつて、両者その犯罪の性質を異にし、両事件の間になんら軽重主従といつたような関係もなければ、公訴権の運用につき両者一途に出なければならない理由はない。したがつて前記の別件につき刑訴法二四八条の起訴便宜主義にしたがつた措置がとられたのに、本件についてはこれとは別に公訴を提起し、刑事責任を追及する方針に出たからといつて、これを目して本件の起訴が公訴権の濫用であり、公訴棄却すべきものなりとする論旨は、全く採用できない。
以上説示のとおり、本件公訴提起の手続は何ら違法無効とは認められないから、弁護人らのこの点に関する主張は理由がない。
丁、弁護人らの主張とこれに対する判断
一、本件につき弁護人らの主張は多岐広汎にわたるが、その論旨は
(一) 本件の背景をなす、岩教組中央執行委員長千葉樹寿に対する地方公務員法違反被疑事件における根拠罰条である地方公務員法三七条一項六一条四号は、日本国憲法一八条二八条三一条に違反し、無効である。したがつて同事件の被疑事実に示された千葉委員長の所為は、罪とならないものである。
(二) 証言拒否罪の法益は裁判所の適正な心証形成にあるから検察官の心証形成を目的とする刑訴法二二六条による証言拒否に刑罰を科することは、憲法三一条に違反する。
(三) 刑訴法一六〇条と一六一条の関連について、同法一六〇条の過料に処せられた者のうち情状特に悪質な事案が、同法一六一条の証言拒否罪の可罰的構成要件に該当すると解すべきである。本件は同法一六〇条の過料にすら処されない事案であつてみれば、一六一条の可罰的構成要件に該当しないものである。しかるに本件を起訴したことは、公訴権の濫用である。
(四) 刑訴法一六一条は証人に訴訟手続上の作為義務を課した規定であり、手続法に定められた手続がとられることによつて具体的証言義務が発生する。刑訴規則一二二条は刑訴法一四六条をうけて証言拒否権行使の手続を定めたものであり、証人が証言拒否の事由を示して証言を拒否した場合、裁判官はその当否につき判断を示し、証言拒否を不当とするときは、その旨を告げた上証言を命じてはじめて具体的証言義務が発生するのである。刑訴法一六一条は民訴法二八四条と権衡的に解釈されなければならない。かく解するのでなければ、証言拒否権の行使にあたり、行為(不作為)のときに判断が示されず、後になつて他の刑事手続においてはじめて正当の理由の有無が判断されるということになり、そうなると証人は、拒否特権の存否が後日の裁判手続においていかに認定処断されるか予測できないという強制のなかで、尋問に対応することを余儀なくされるに至り憲法三八条一項の趣旨に反することとなるのである。しかるに本件において被告人は、自己が刑事訴追を受けるおそれがあるとの事由を示し証言を拒否したのに対し、裁判官はその事由による証言拒否の当否について判断を示すところがなかつた。したがつて被告人の証言拒否権は裁判官によつて認容されたものと解すべきであり、法一六一条の構成要件に該当しないか、または被告人は証言義務を認識していないので、違法性の阻却される場合にあたり、被告人は無罪たるべきものである。
(五) 本件刑訴法二二六条による証人尋問は、被疑者、被告人、弁護人の立会権を認めず、反対尋問権を奪つておりながら、その尋問調書に証拠能力を付与されておるのであるから、憲法三七条二項に違反する。仮に違憲の主張が理由ないとしても、検察官は同条による証人尋問の請求にあたり、被疑者に弁護人があるときは、その旨を裁判官に通知すべきである。しかるに本件証人尋問請求の際、検察官は、被疑者に数名の弁護人が選任されていたにかかわらず、これを裁判官に通知しなかつたので、手続違背により右証人尋問請求は無効である。
(六) 本件証人尋問の過程において、担当裁判官は、被告人を威嚇し、侮辱し、休憩時間を与えずに尋問したことは、違法不当である。
(七) 本件証人尋問は刑訴法二二六条にも違反する。
同条にいう「犯罪の捜査に欠くことのできない知識」とは、その「知識」が捜査に欠くことのできない場合であつて、知識内容たる事項がすでに捜査機関に判明している場合、および他に同じ知識をもち供述する見込のある者がある場合は、含まれないと解すべきである。従つて被告人が現場である集会に参加したという事実から、直ちに「欠くことのできない知識を有する」とはいえず、捜査機関の本件に関する証拠収集の状況、認容の度合とその見とおしによつて「欠くことのできない知識」であるか否かが吟味されねばならない。換言すれば「欠くことのできない知識を有する者」にあたるかどうかは証人となる者の知識それ自体から判断できないものであつて、証人尋問請求時の捜査官側の収集証拠による主観的認識の程度を基礎として客観的に判断さるべきものである。捜査官は本件証人尋問以前に既に集会に参加した学校長ならびに組合員に対して事情聴取を行い、供述調書も多数作成し、本件尋問によつて求めようとした知識を十分にえており、右収集資料を検討した結果、本件証人尋問請求の段階においては、背景被疑事件については不起訴処分の方針を打出していたものと推測されるにもかかわらず、被告人を含む合計一二名の証人尋問を請求したことは、いたずらに組織に動揺を与え、労働運動敵視故のいやがらせのためであつて刑訴法二二六条による請求権の濫用であり違法無効である。また刑訴法二二六条による証人尋問請求の一要件である同法二二三条一項の取調べに対し出頭又は供述を拒んだ場合とは、単に司法警察職員や検察事務官に対しての拒否のみでは足らず、検察官に対しても拒否し、その拒否に理由がないことが判明した場合にはじめて同条による証人尋問請求権が発生すると解すべきであつて、このことは検察官にのみ請求権を認めている制度の精神にも合致するものである。しかるに本件においては、被告人が単に警察当局の出頭要請を拒否した段階で証人尋問を請求したのであつて、不適法である。
(八) 被告人は、岩教組本部役員であり、また二戸支部長として、前示教研集会の主催者であつた関係上、別件被疑事件について証言すれば、争議行為の遂行を共謀し、あおりもしくはこれを企てた者またはそれらの共犯者幇助者として刑事訴追を受ける虞があつたから、本件被告人の証言拒否は、正当の事由があり、無罪たるべきものである。
(九) およそ本件のごとき法定犯において、法律的素養の乏しい証人に証言拒否の正当理由の有無を判断させることは、社会通念上期待できないことに属する。更に加えて本件証人尋問の際、証言すべき被疑事件の内容が明示されておらず、また証人尋問にあたり、裁判官は証人である被告人を心理的、肉体的不安の状態に陥らしめつつこれを行つた。よつて本件は被告人に適法に証言することの決意を期待する可能性がなかつたから、被告人の行為は故意又は責任性が阻却され、無罪たるべきものである。
というにある。
二、そこで右論点について、順次判断する。
まず右(一)の点について、本件においては、別件千葉樹寿に対する地方公務員法違反事件の根拠罰条の合憲違憲被疑事実に示された同人の行為が合法的かどうかなどの点について、認定すべきではない。されば論旨にいう前記千葉樹寿に対する被疑事件に関する点は、すべて採用の限りではない。若し所論の帰するところが、右根拠罰条が違憲であれば、本件証人尋問も遡つて違法であるというにあるとしても、右根拠罰条である地方公務員法三七条一項六一条四号の合憲性については、既に最高裁判所大法廷判決が存在するところであり、採用できない。
つぎに右(二)の点について、刑訴法二二六条による証人尋問の請求を受けた裁判官は、証人の尋問に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有するから、右尋問についても同法一六一条の適用あるものというべく、右刑罰法規の適用は、なんら憲法三一条に違反するものではない。
右(三)の点について、しかしながら刑訴法一六〇条は訴訟手続上の秩序を維持するために、秩序違反行為に対して当該裁判所または裁判官により直接科せられる秩序罰としての過料を規定したものであり、同法一六一条は、刑事司法に協力しない行為に対して、通常の刑事訴訟手続により科せられる、刑罰としての罰金拘留を規定したものであり、両者は目的要件及び実現の手続を異にすることは、最高裁判所判例の示すところである。しかるに両者の性質如何にかかわりなく、情状軽く過料の制裁を科したもののうちから、更にその重きものを刑訴法一六一条違反として刑事訴追を行うべきものとする所論は、前記両者の性質等の相違に目をおおうもので、その前提において誤つているから採用できない。
右(四)の点について、右の点に関する当裁判所の見解はさきに公訴棄却申立(一)項につき判示したとおりであつて、弁護人の主張は妥当を欠き採用できない。
右(五)の点について、憲法三七条二項に「刑事被告人はすべての証人に対し審問の機会を充分に与えられる」と規定されているのは、裁判所の職権によりまたは訴訟当事者の請求により喚問した証人につき、反対尋問の機会を充分に与えなければならないということであつて、反対尋問の機会を与えない証人その他の者の供述を録取した書類は絶対に証拠とすることは許されないという意味をふくむものではないから、このような場合の供述を録取した書類の証拠能力が、一定の条件の下に制限されるが証拠とすることを禁じられないとしても、刑訴法二二六条が憲法三七条二項に違反するものとはいえない。また、所論にかんがみ証一号証人尋問請求事件記録中の証人尋問請求書を検するに、その「被疑者又は被告人に弁護人あるときはその氏名」欄に、山中邦紀、高橋清一両弁護士の氏名が明記してあり、論旨にいうような通知欠缺の廉はない。論旨は理由がない。
右(六)の点について、所論にかんがみ、記録を精査し、ことに証一号証人尋問請求事件記録中の、被告人に対する証人尋問調書を検討したけれども、被告人に対する白石裁判官の証人尋問手続における訴訟指揮に威嚇、侮辱等にわたつて、不当ないし不適切であつたと認めるべき事跡はない。また証人中村茂および被告人の各当公判廷における供述によれば、本件証人尋問の行われた当日、被告人の心神に特段の故障がなく、総体の尋問時間も、同日事故なく証人尋問を終つている中村茂(一時間余り)よりも、被告人の方が短時間(人定質問、宣誓手続などを含めて四〇分)であり、しかも被告人は証人尋問の冒頭、尋問事項第一項につき質問されたとき、早くも裁判官に対し休憩を求めたのであり、その動機も右質問に対し、証言を拒否すべきかどうか検討しようとの考慮から休憩を求めたものであつて身体的な痛苦などによるものではなく、尋問終了後も普通と変りなく歩いて帰途に就いているなどの諸点を総合すれば所論の休憩時間を与えなかつた点もまた不当と認めることはできない。論旨は理由がない。
右(七)の点について、刑訴法二二六条にいう「犯罪の捜査に欠くことのできない知識」や「第二二三条一項の規定による取調に対して出頭又は供述を拒んだ場合」を所論のように狭く解釈しなければならないとする根拠はない。犯罪の捜査とは犯人を保全し証拠を収集することをいうものであるから、犯人の逮捕や犯罪事実の証明に役立つものは、たとえ捜査官に知れている事項と同一事項についても、検察官において公訴を提起維持するにつき必要と認めるときは、検察官の取調べに対し出頭又は供述を拒んだ場合でなくても、同条により証人尋問を請求し得るものと解すべきである。被告人に対する検察官の本件証人尋問の請求は、刑訴法二二六条の要件を具備しているものと認められ、関係記録を精査するも右請求が請求権濫用にわたつたものと認められる形跡はない。本件証人尋問は適法であつて、これを目して、いたずらに組織に動揺を与え、労働運動敵視故のいやがらせの意図のもとに、請求権を濫用した違法無効のものとする論旨は、理由がない。
右(八)の点について、刑訴法一四三条は「裁判所はこの法律に特別の定ある場合を除いては何人でも証人としてこれを尋問することができる」と規定し、一般国民に証言義務を課しているのである。一般国民の証言義務は、国民が司法裁判の適正な行使に協力すべき重大な義務といわねばならない。ところで法律は一般国民の証言義務を原則としているが、その証言義務が免除される場合を例外的に認めているのである。すなわち刑訴法一四四条ないし一四九条の規定や犯罪者予防更生法五九条の規定などが証人の真実を供述すべき義務に対する特例を規定したものである。しかしながらかかる証言拒否権は国民一般に科せられた証人の真実を供述すべき義務に対する特例(刑事裁判においてこのことは特に顕著である)であり、またこれが特権である以上濫用されてはならないことは当然であるから、この特権の要件である「刑事訴追を受ける虞」の範囲については、みだりに拡張して解釈すべきものではなく、客観性と合理性をもち何人にももつともと考えられるものであることが必要である。それだからこの「刑事訴追を受ける虞」ある証言とは、その証言の内容自体に自己の刑事責任に帰する犯罪の構成要件の全部または一部を含む場合、およびその内容自体にはかかる犯罪の構成要件事実は含まなくても、通常犯罪事実を推測させる基礎となる関連事実を包含する場合を指称するものと解するのが相当であり、単に犯罪発覚の端緒となるに過ぎないような事項、訴追される危険性が稀薄な事項、証人個人の単なる危惧のような客観性と合理性を欠く事実等までもこの「刑事訴追を受ける虞ある証言」に含ませることは妥当でないといわなければならない。またその虞ありや否やの判断については、尋問事項と問題になつている被疑事件の性質、内容、その事件に対する証人の関係、尋問当時における諸般の情況を考慮に入れて、具体的に判断しなくてはならないと解するのが相当である。
よつて進んで審按するに、被告人の検察官に対する供述調書によれば、被告人は検察官に対し、一〇月一二日教研集会開催にあたり、岩教組本部の千葉中央執行委員長宛に、来賓としての招待状を出したが、集会の当日まで、本部から何人が来るのか判らず、当日来会した千葉委員長が挨拶をするまでは、同人がどのような挨拶をするか何も知るところがなかつた旨供述している。しかし他面被告人は当審第六回公判廷において、中央委員会後の執行委員会において、一〇、二一闘争を控えているので、教研集会の日程をその前に入れるのが効果的であると論議し、大体の方針につき本部とも打合せて、一〇月一二日開催と決定し、中央執行委員長宛の招待状を発送した。教研集会には本部から必ず出席者があり、挨拶をしてくれる慣例だつたので、挨拶の内容につき事前に打合せしたようなことはなかつたけれども、本部役員は、一〇、二一闘争を目前に控え、時期的にみて「闘争が完全に成功するように努力しよう」というような、右闘争に一定の影響力をもつ趣旨の話をするだろうと予期はしていた旨供述した。そして一件記録ならびに証一号記録を精査しても、右公判廷における被告人の弁解を否定し、検察官調書記載の供述を真実と認むべき証拠がない。
被告人は岩教組二戸支部長として前記石切所小学校における教研集会の主催者たる立場においてその期日を決定招集したものであり、その後右一〇、二一統一行動に関しては、四名の逮捕者を出し、更に被告人は証人として裁判官の尋問を受け、それらの経緯は冒頭に認定のとおりであり、四月九日前頃、千葉執行委員長は証拠不十分として不起訴、他の三名も起訴猶予処分によつて、事件は一応落着し、新聞にもそのことが掲載された(被告人の当公判廷における供述)のであつたけれども、証人尋問の当時は、まだ起訴されたものはなかつたものの、検察当局の方針はもちろん明らかでなく、千葉委員長が起訴されるかどうかはつきりした見とおしが立てられない情勢であつたことは明らかである。
以上の諸事実を考慮に入れ、これと別件の性質内容、その事件に対する被告人の関係、尋問事項などを総合しし、公訴にかかる各訴因を検討するのに、右のうち
一、教研集会に岩教組千葉樹寿委員長が出席したか。
一、その際同人は演説をしたか。
一、その演説の内容はどうか。
に関する尋問は、いずれも第三者の行動に関するもので、それ自体何ら被告人を訴追に導く虞ある事項とは認められないのであるが、これにつき答えると、千葉樹寿の被疑事実とされている地方公務員法違反の実行行為を証言することとなり、前認定の諸事実を考慮すると、被告人が同人と予め通謀していたとまでは認められないとしても、右違法行為を企て、または同人の行為を幇助したとの嫌疑を受け、刑事訴追を導く虞があると認められ、その虞は決して不合理と考えられないから、被告人がこれらの尋問に対し、証言を拒否したことは、正当の理由があるといわねばならない。論旨は、右の限度において理由がある。
しかしながら右の外、
一、教研集会に出席した者の数
についての尋問は、被告人がこれに答えたからといつて、あるいは犯罪発覚の端緒といつたものを与えることがあるかもしれないが、証言の内容自体に訴追を受ける虞のある事項を含むとも、通常犯罪事実を推測させる基礎となる密接な関連事項を含むとも考えられず、結局被告人を訴追に導く合理的な虞があるとは認めがたいから、被告人としてはこれを拒否する権利はないものといわねばならない。したがつて論旨中右の点に関する部分は理由がない。
最後に右(九)の点について審按するに、被告人の当公判廷における供述によれば、被告人は昭和三六年一〇月の学力テスト拒否闘争事件の際証人として喚問を受け、このことからも証人の負うている証言義務につき知識経験を有していたと認められること、被告人は曾て労働組合の法制研究会において、証言拒否に関する解説を聴いたこと、更に被告人は証人尋問期日に裁判所に出頭する直前、盛岡市大通り岩手教育会館において菅原瞳弁護士と会見し、石切所小学校における千葉樹寿の演述の顛末や、自己が二戸支部長として右集会の主催者の立場にあつた事実を前提として挙げた上、それらの関係につき証人尋問を受けた場合、証言拒否権の有無につき、法律家である同弁護士の見解を叩き、爾く用意をした上で証人尋問の場に臨んだものであつたこと、その際の証人尋問事項は、被告人が予期した程度のものであつたこと、白石裁判官の証人尋問手続における訴訟指揮には前認定のとおり心理的肉体的不安を与えるような不当違法の点は毫も認められないなどの諸情況を総合して考察すれば、いまだ以つて被告人の所為が期待不可能の情況下になされたものと認めるには不十分であり、期待可能性がなく、したがつて被告人に刑責なしと解することはできない。論旨は理由がない。
戌、法令の適用
被告人の判示所為は刑事訴訟法一六一条一項に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内において被告人を罰金二、〇〇〇円に処し、右罰金を完納できないときは、刑法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により、これを二分してその一を被告人に負担せしめる。
本件公訴事実中、被告人が前記教研集会における千葉樹寿の出席の有無等に関し、刑事訴訟法二二六条による証人として判示裁判官より尋問を受け、正当の理由がないのにかかわらず証言を拒否した点については、弁護人の論旨に対する判断で示したとおりの理由により、証言拒否の正当理由があると解せられるので無罪とすべきところ、判示有罪部分と包括一罪の関係において公判に係属したものと認められるので、特に主文において無罪の言渡をしない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 石沢鞏三)